マイホームへの所得課税廃止案 誰が賛成、反対している?その理由は?
スイスでは28日、自分が所有し住む家に「架空の家賃収入」に基づいた税金が課される「推定賃貸価格制度」の廃止案について国民投票が行われる。制度への賛否をめぐる対立構造をまとめた。
おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
推定賃貸価格制度は、自分が所有し住む住宅に対し、「もし住宅を貸したら得られるであろう家賃」を所得とみなし、所得税の対象とする制度だ。その代わり、住宅ローン利息や維持費は税控除の対象となる。この制度を廃止するかどうか、28日の国民投票で有権者が判断する。
≫そもそもマイホームなのに、なぜ「架空の家賃収入」に課税される?詳しい記事はこちらへ
1. 持ち家派VS賃貸派
非常に単純化すると、不動産所有者と賃借人が対立している。多くの不動産所有者は制度が廃止されれば収める税金が少なくなるため、反対票を投じる者はほとんどいないだろう。
持ち家派と賃貸派の対立は昨年も表面化した。
それは昨年11月の国民投票で是非が問われた貸主が有利になる2件の賃貸法改正案だ。社会民主党(SP/PS)などの左派は、法案が通れば借主保護が弱まるだけでなく、家賃の上昇や不動産企業の利潤増につながると訴え反対運動を展開。法案は否決された。
社会民主党は今回の制度廃止案にも反対。「最も裕福な人たちに数十億フランが入る」「税収減のツケを払うのは賃貸派だ」と訴える。
同党は次なる手として「家賃の不当な上昇」を阻止する「家賃イニシアチブ(国民発議)」を立ち上げ、国民投票に必要な署名集めを始めた。左派にとって、推定賃貸価格制度の問題は、このテーマを政治の焦点に置き続けるための絶好の材料でもある。
推定賃貸価格制度は、住宅所有者と賃貸派の間の公平性を図る調整弁としての性質もあった。世論調査機関Gfs Bernの政治アナリスト、マルティナ・ムーソン氏は「今回の投票における主要な対立軸は持ち家派と賃貸派の溝だ。この対立が年齢、性別、社会的地位といった他の側面にも波及している」と分析する。
2.シニアVS若者
現行制度はマイホーム派にとって、住宅ローン利息や住宅維持費の税控除を受けられるという利点がある。しかし60代以上は一般的に住宅ローンをほぼ完済し、所有不動産の状態も良い。つまりシニア層は架空の賃貸収入に基づく税金を払い続ける、というデメリットしかない。
スイスのマイホーム派は人口の4割と少数派だが、高齢者ほど住宅所有者が多い。クレディ・スイス(現UBS)の調査によると、35歳の住宅所有率は20%だったのに対し、70歳では55%だった。平均年齢も2000年の54歳から2018年には58歳に上がっている。
世論調査でも、制度廃止に賛成する割合は年齢が上がるほど高くなる。
年金生活者は最も投票所に足を運ぶ年齢層だ。このためシニア層のニーズに沿った政策が通りやすい面はある。実際、昨年の国民投票で年金の年間支給額を1カ月分増額する案も、賛成票を投じた18〜34歳は4割にとどまったが、65歳以上では約8割に上ったことで可決に至った。
推定賃貸価格制度についても、世帯数で見れば賃貸派の声が大きくなるはずが、その趨勢を占める若者が投票所に足を運ばなければ、国民投票では勝利できない可能性がある。
ちなみに定住外国人も賃貸派が多いが、投票権がないため制度廃止を食い止める術はない。
3. 都市VS地方
都市部には賃貸居住者、地方は住宅所有者が多い。これはほぼ全世界共通だ。地方の方が地価が安く、住宅価格がより手頃だからだ。
都市部と地方の差は、政治思考にも表れる。スイスの都市部は進歩的で左派色が強く、地方は保守的で中産階級的な考え方を持つ傾向がある。
ムーソン氏によると、この政治思考の差は狩猟法の改正(2020年)や、CO₂法改正(2021年)など環境政策絡みの国民投票ですでにみられた。2021年の化学合成農薬イニシアチブや飲料水イニシアチブなど、農業関連は特にこの傾向が顕著だ。
4. 観光地同士の対立
観光地は推定賃貸価格制度から恩恵を得ている。多くの山岳観光地は最近、セカンドハウス(別荘)の割合が大幅に増え、推定賃貸価格制度に基づく税収が自治体を潤している。
山岳州が制度廃止に反対したことを受け、連邦議会はセカンドハウスに対する資産税を州税として導入し、それによって税収減を相殺するという、「特別扱い」ともいえる案を打ち出した。実は28日の国民投票にかけられるのはこの「セカンドハウス課税案」だ。可決されれば推定賃貸価格制度は自動的に廃止される。
山岳州は推定賃貸価格制度に基づいた所得税収入を残すか、セカンドハウスに対する資産税収入に移行するか、天秤にかけている。後者であれば、「架空の賃貸価格」がたとえゼロでも資産税を徴収できる。しかし昨今のセカンドハウスブームで家賃相場は右肩上がりで、前者の方が魅力的である可能性がある。
ただし、山岳州でも州政府と州民の意思に乖離が生じている。2012年の別荘の建設規制案をめぐる国民投票では、山岳州の住民が反対票を投じた。別荘が増えすぎてゴーストタウンになることより、観光客のもたらす税収が減ることを恐れたためだ。
今では別荘の増えすぎの弊害がより顕著になっている。休暇用住宅として市場に出る住宅が増えて家賃相場を押し上げ、住民の重荷になっている。「セカンドハウスブームの負の側面が、山岳地帯の住民にも認識されるようになった」(ムーソン氏)
5.業界の対立
ローン利息から利益を得ている銀行は制度維持派だ。住宅ローン利息は税控除の対象となるため、所有者は返済を急がない傾向がある。 銀行にとって住宅ローンビジネスは失いたくない収益源だ。スイスの個人世帯の住宅ローン残高は国内総生産(GDP)比で世界最高水準にある。2024年はGDPの146%に相当する1兆2710億フラン(約 235兆円)だった。
この比率は上昇を続けており、スイス国立銀行(中央銀行)は経済全体に対する「集中リスク」とみる。
住宅ローン残高の大きさの原因がどの程度税控除にあるのかは不明だ。ただ住宅ローン仲介業者Moneyparkの試算では、制度が廃止された場合、2030年までに住宅ローン市場は500億〜1500億フラン縮小すると見込まれる。
建設業・建設関連業は住宅改修工事の受注が減るとして制度廃止に反対する。その他の産業は購買力や消費が増えるとみて廃止を支持する。
後者の業界がスイス商工業連盟の大半を占めるため、全体としては制度廃止に賛成の立場だ。
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。